大飢饉に日本全土が苦しめられていた天明六年(1786)、江戸城のお膝元にあって不景気の波をまだ感じていなかった日本橋、老舗地本問屋(※)白子屋の跡取り息子たる政之介は、家業を継ぐと幼いころから当然のように考えてきた一方で、11才を迎え、得意の絵を描きつづけていきたいと思い、悩むようになっていたのだが、惚れ込んでいた絵師・鳥居清長が実は自身の父であることを知り、その志をより強いものとした。
それから4年余りが経ったころ、老中・松平定信による寛政の改革のもと、庶民までが倹約を強要され、ささやかな娯楽まで取り締まられるようになると、奉公人や家族の暮らしを考え店を切り盛りすることが、立場上、政之介の両肩にも最優先課題としてのしかかりはじめるが、それでもなお絵師の道を諦めきれない彼と、その才能に気付きながらも認めてあげることのできない境遇にあった父との間に軋轢が生じ、政之介は家を飛び出してしまう。
好きなだけ絵を描いて、収入と人望が得られたら…… その想いと父への反発などから、それまでになく大胆な筆遣いで絵を描き重ねていった政之介は、天才絵師・東洲斎写楽として、長く沈滞していた世間の芝居熱と浮世絵熱を再燃させ一世を風靡しながらも、それが絵を描く喜びのごく些細な一部でしかないことを認めると、自身の表現を見て喜ぶ人たちと満ち足りた時間を共有することこそが絵を描く醍醐味だと考え、自分を待つ人たちがいるところへ戻ることにしたのだった。
※地本問屋は、今でいう書店。錦絵や絵草子、読み本などを扱う小売り中心の問屋だが、江戸の地本問屋は販売のみならず自ら印刷・出版する版元も兼ねていた。
小学校卒業を控えた6年生や、まだ義務教育下ではあるものの“こども”という範疇からはみ出し始める中学生が、地に足つけて将来を考えるきっかけになる作品だと思いました。
将来なりたい姿、どうにもならない現実、どうにかできること、現実に甘えることもできるという現実、甘えていたら夢は追えないということ等々、考えなければならないことが山のようにあると気付かされるでしょう。
主人公の政之介(鳥居清政)こそが謎に包まれた天才絵師・東洲斎写楽なのではないかとする説をもとに、実在の人物たちを扱い創作された物語です。
茂木ちあき・文
高橋ユミ・絵
薦めたい学年:小学6年生~中学1年生
物語・全157ページ
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